ひびはんせい

3人の子のカーチャン。みんな違ってみんなcrazy

結局は親に愛されたいだけなんだと思う

今のわたしは、夫にも子供にも友達にも職場の人達にも恵まれて間違いなく幸せなはずなのに、それでも毎日苦しいのは、ただ、結局は自分の親に愛されたいだけなんだと思う。

子育てをしてて、子供を抱きしめて、子供の話を聞いて、その度にわたしはこうされてきたのかな?わたしは愛されてたのかな?と思ってしまう。

 

わたしの母は言った、「あなたが高校生になるくらいまではわたしはあなたの事をわたしの分身だと思ってた」

わたしは母の分身だったから、母の思う通りに動かないといけなかった。母の分身だったから、何をされてもよかった。

母のやりたかった習い事をして、母がやらせたい勉強をした。

母の思いどおりにわたしが動かない時は、わたしは壊れてるから、壊れたテレビを直すみたいにわたしを殴って動きを良くしないといけない。

殴られたわたしは、母の分身だからきちんと直らないといけない。

殴られて母の思う通りに直ったわたしを見て母は笑顔でこう言った。

「あんたは殴ればちゃんと出来る子だね」

 

 

父とわたしの関係はもっと複雑かもしれない。 

父親のいない環境で育った父は「父親」というものがわからなかったのではないかと思う。

わたしが泣き止まない時、彼は子供の泣き止ませ方がわからなくて「泣くな!」と言ってよくわたしをボコボコに殴った。抱きしめられた事もあるのかもしれないけど、覚えていない。

父親にとって初めての子のわたしは子供じゃなくて、祖母と母の愛情を父から奪うライバルだったのかもしれない。彼は、自分の子供が産まれても、ずっとひとりっ子のお坊ちゃんのままだったんだと思う。だから、子供としてのわたしの扱いがわからなかったんだと思う。

そして彼もまた、わたしのことをひとりの人間ではなくて、自分の思いどおりに動く生きたオモチャだと思っていた。

わたしが物心がつく前にすでに行く高校、大学、取る資格、する仕事、結婚する相手まで決められていた。

「それがお前の幸せだから」

もしかしたら、本気でそう思っていたのかもしれない。いや、たぶん本気でそう思っていたんだと思う。

その目標に向かって勉強させられ、間違えば殴られて、親の望んだ答えを答えられないと殴られて。

きっと、それがわたしのためだと本気で思っていたのだと思う。

 

 

親が見てた「わたし」っていったい誰だったんだろう。

「わたし」っていったいなんなんだろう。

結局、わたしは親の呪縛から逃げられなくて親の望んだ高校大学は出なかったけど、それでも親の望んだ資格を取ってその資格を使って仕事をしている。

ある程度稼げるから、と割り切ってその仕事をしているけど、本当のわたしは何をしたかったのかな、違う育て方をされてたらわたしはどうなってたのかな、と思ってしまう。

 

今思うとわたしの親は「自分達の思う行動をとる子なら愛する」という制限付きの愛しかくれなくて、本当のわたしと向き合ってくれた事はない。

 

仕事をしたあとに、ひとりで子供3人の育児をやってて(夫の仕事が多忙だから)、そして娘が不登校になって、わたしのストレスの限界が来て、色々あって娘は落ち着いて、それでもわたしの体調は一向に良くならないし、思い出すのは昔のことばかり。

 

 

結局は、わたしは本当の意味で親に愛されたいだけなんだと思う。

そしてたった一言、

「今まで頑張ったね」

っておとうさんとおかあさんに言って欲しかった。